語り手を疑う読み

これは、主人公が語り手となって物語を語る、いわゆる一人称小説に限定される特殊な読みになります。ただし、教科書教材は一人称小説の比率が高く、例えば、『舞姫』、『少年の日の思い出』、『故郷』、『サーカスの馬』、『クリスマスの仕事』、『握手』、『吾輩は猫である』、『こころ』など、かなりの作品がこの形式に該当します。

一人称小説には、自己弁護・自己正当化というバイアスが必ずかかります。自分について語るわけだから、意識しているか否かは別に、自己弁護・正当化が入ることは納得できると思います。自己正当化が認められない場合でも、語り手にとって都合の悪い事実は隠されるはずです。

また、登場人物が語るという設定上、語り手は物語を俯瞰的に把握することができません。その結果、情報の欠落や誤解が生まれます。つまり、一人称小説では、語り手が隠していること、気づいていないことを発見するという読みが可能となり、これが語り手を疑う読みです。

これを使った分析

上部へスクロール