羅生門(芥川龍之介)

この作品のポイント

 『羅生門』は、物語の展開が分かりやすく、良くまとまっており、下人の心理も簡潔に説明されている。分からないところが少ないために、逆に扱いにくいかもしれない。作品のポイントを二つに分けて列挙してみよう。

テーマとかかわるもの

1 老婆が自己弁護のために使った立論をそのまま下人に使われて、罰(災難)を受けてしまう。これが一番のポイント。

  レトリックではこのよう切り返し(相手の論法をそのまま使って相手を攻撃する方法)を「逆ねじ」と呼ぶ。(ネット上ではブーメランと呼ばれるようである。)議論や会話で逆ねじを使うと非常に鮮やかである。

2 死体が並ぶ羅生門の楼上は墓場である。下人は「墓場」に行って生き方を変え、再び「現世」に戻ったわけで、文字通り〈生まれ変わって〉盗賊になったと言える。

  生まれ変わって(象徴的な死を経験して)別人になる、というのは文学や映画でしばしばみられるモチーフである。例えば、『吾輩は猫である』の吾輩は、最初に出会った人間(書生)に投げ捨てられ、死にそうになりながら英語教師の家にたどり着く。これにより、彼は野良猫から飼い猫に生まれ変わる。あるいは『スター・ウォーズ』第一作「エピソード4/新たなる希望」(1977年)では、ロボットのR2-D2とC-3POはジャバ族に捕獲され、ロボットの墓場のような貨物車に積み込まれた後、ルーク・スカイウォーカーの所有になって新しい「人生」が始まる。

3 ただし、1がそのままテーマにはならないことに注意。この作品に明確なテーマを見出すことは困難である。『羅生門』の読解では、テーマを探すことより、作品の工夫と面白さを見ける読みが中心になるだろう。

叙述・描写とかかわるもの

4 楼上とそれ以前が対比的に描写されている。

   楼上   死体・老婆・下人のみで他には何も描写されていない、空間も狭い

   それ以前 気象がある:雨、寒さ、雲

        生き物がいる:からす、きりぎりす

        広い世界がある:空や雲のようす

5 描写がかなり丁寧で、目に浮かぶような描写が心掛けられている。描写の傾向として、細部を細かく説明する描写が多い。まるで映画のクローズアップを意識しているようである。そして、クローズアップを連想させる描写が続くと、全体を見通せない印象が生まれる。

6 楼上の描写はかなり頑張っているが迫力不足である。

   死体の凄まじさ・恐ろしさが伝わってこない。

← すさまじい腐臭、ドロドロに腐った遺体、大量のウジ・虫・ネズミの発生、不気味な頭蓋骨など、死体について想像されるものが描かれていない。

   作者の想像力不足を感じてしまうが、積極的にとらえれば、読者の意識が死体に向かい過ぎないように死体の衝撃をあえて弱めた、とも考えられる。

老婆が小動物のようで、妖怪や山姥のような不気味さがない。← 小柄であっても不気味さは出せる。  

7 楼上の墓場に潜む老婆はそれに相応しい、不気味な姿をして、恐ろしい行動をしている。

8 下人の心理と行動が、細かく丁寧に説明されている。 

9 老婆の弁明の現在感が高く、論理も分かりやすい。

注意すべき点

1 捨象されたエピソードを考える。

『今昔物語』の原作では下人と老婆以外にも人間が登場している(セリフはない)。原作での下人(原作の下人は最初から盗賊になる決心をしている)は、まだ明るかったために人通りが減るのを門の下で待っており、さらに大勢の人が来たので見られまいとして、楼上に上がったことになっている。

  登場人物を下人一人にしたことに作者の意図が見える。生き方に迷っている下人を孤独にすることで、何もヒントのない中で決断しなくてはならない状況が生まれるからである。もし周辺に人がいたら、彼らの身なり、振る舞い、表情、言葉などが判断のヒントを与えるだろう。

2 知的な展開(老婆の自己弁護を聞いて、逆ねじを食らわせる形で老婆から着物を奪う)と、グロテスクで写実的な世界を融合させたところに、この作品のウリがあるのだが、この二つは対照的で融合が難しい。

  実際、この融合の難しさが老婆の長い自己弁護に現れている。老婆は人間離れした不気味な存在であり、彼女のキャラに明晰で論理的なセリフは不似合いである。だが、老婆の立論が明快でなければ、逆ねじを使った鮮やかな逆転劇は作れない。そこで作者はかなり危うい対応をしている。

  老婆の言葉を直接話法の形で引用しながら、その最後に「老婆は、だいたいこんな意味のことを言った。」と苦しいフォローをしているのだ。直接話法内の発言内容が、彼女には不似合いな明晰さを持っていることを、芥川も自覚していたのだろう。

3 老婆の言葉の工夫。老婆の自己弁護の最後に「しかたがなくするこじゃわいの」「わしのすることも大目に見てくれるであろう」と付け加えることで、老婆の「悲劇」が自業自得であるという印象を際立たせている。

発展的な問い

1 下人はその後、どんな人間(盗人)になっただろうか。

これは下人の性格と能力から推測できる。楼上の死体や不気味な老婆を恐れない。老婆の自己弁護を聞いて論理的に切り返す思考力がある。さらに、老婆への憐れみを感じずに着物を奪い取る非情さと実行力がある。これらのことから、盗賊として成功する可能性が高いと思われる。盗賊の頭になったかもしれない。

2 老婆の言葉はどこまで信用できるか。

髪を抜く女についてかなり詳しい情報を披露しているが、老婆はどこからその情報を手に入れたのか。老婆の知り合いだったのだろうか。仮に、老婆の知人であれば「髪を抜いた女などは」といった言い方はしないだろう。例えば、「これは良く知る女なのだが」といった言い方になるのではないか。偽の魚を売っていたのは別の女かもしれない。

3 遺体(髪を抜かれる女)の着物を盗まなかったのはなぜか。

一本ずつ髪を抜けるのだから、遺体はあまり腐乱していなかったと推測できる。ならば、老婆だけでなく女の着物も盗むべきだったのではないか。(原作の『今昔』では老婆だけでなく女の着物も盗んでいる。)下人は自覚していないが、老婆に罰を与えたいという気持ちを強く持っていた可能性がある。遺体の冒涜に対する嫌悪感は世界共通である。

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